「はーい! いらっしゃいませ! 何にしましょう!」
「あらあちゃん元気ねえ。お兄ちゃんは今日いないの?」
「てっぱん熱いの触っちゃだめっていっぱい作っていきました!」
「お留守番えらいわねえ、二パック頂戴」
「はーい! せんにひゃくえんです!」

 たこ焼き屋、その名も『たこやきの家』。自宅兼用の一部を店先に改造した、よくある町のたこ焼き屋さんだ。常連のおばちゃんは『ちゃんいい子だから飴あげる』とイチゴミルク飴を三つほどくれた。数がちょうどよくないので残念だけど独り占めしよう!
 そうして熱の入っていない鉄板の前、足りない背丈を高い椅子で補って店番をする。私はどうやら人より成長が早いらしいので、あと一週間もすれば余裕で立って店番できるのだそうだ。お父さんが言ってた。

、店番か」
「十兄!! 今日帰ってくる日だったの?!」
「いや、通りすがりだ」
「えええ帰ってきてよお、一緒に寝ようよお」
「お前またそういう、こら、暴れるな! 危ないだろ!」

 鉄板は冷え切っているので大丈夫なのだけれど、気付いていないらしいので放置しておく。ねえねえお兄ちゃんいいでしょ、今日お仕事なんだったら諦めるけどさあ今とくに大きい事件とかないじゃんお願いお願い。わざと子供らしく身をよじりつつ大声で訴えるも、慣れっこな近所の人達は微笑ましく眺めるだけだ。ちゃんまたダダこねて。ほんとにゾンビマンさんが好きねえ。くすくす笑う声に居心地悪そうにしているのはお兄ちゃんだけだ。

「……ああもいうわかった、わかったから大人しくしろ!」
「はーい!!」
「十、その鉄板冷えてるぞ」
「は?」
「ちょっ、お父さんなんでバラすの!」
「……?」
「……約束したもーん!!」

 店先でわあわあやっていたのを、お兄ちゃんが家に入ってきて私を抱き上げてこねくり回す。畳に倒され、きゃあ、と笑っていたら買い物に出ていたゴリ兄が帰ってきた。

「ゴリ兄おかえりなさーい! 十兄きょう泊まるって!」
「お、じゃあ夕飯増やさないと」
「……お前らはに甘すぎだろう! 博士、あんたも!」
「かわいいから仕方がないね。、店番は俺がするから十に遊んでもらいなさい」
「はーい!!」
「こんなときだけいい子の返事がでかい」

 ――それが、ちょうど先週の話だ。


「十兄! 今日も泊まっていくよね?!」
「……お前はそろそろ落ち着け」
「落ち着いてるじゃーん。ちゃんすっかり綺麗になっちゃって! ってご近所でも評判よ?」
「立ち振る舞いの話だ」

 そう言いながら頭をわしゃわしゃする十兄こそ、私を子供扱いのままだ。一週間かけて五歳児ほどから十二歳ほどへ成長したんだから、そろそろレディ扱いしてほしい。肉体的には育ったけど十兄的には小さい妹のままなのかなあ、そのうち十兄のお嫁さんになろうと思っている私には由々しき事態である。

「博、……父さんは?」
「寝てるよ。最近ほんと昼夜逆転がひどい」
「全く……研究者ってのは皆そうなのか」
「ヒーロー協会にもそういう人がいるの?」
「詳しくは知らないがな。邪魔するぞ」

 お父さんの部屋に入っていったお兄ちゃんは、あれで意外と面倒見がいい。
 ――私の家族は三人いる。お父さんと、ゴリ兄と、十兄。お父さんは『研究者くずれ』のたこ焼き屋で、ゴリ兄は本当の名前はアーマードゴリラ。名前と言っていいのか本当にゴリラの身体をしていて、十兄の本当の名前は六十六号。不死身の身体をしている。それを活かしてなのかプロヒーローをやっている。しかもS級。どやあ。私はというと、『』だけど、今のところ成長が早い以外に特徴はない。しかしそうするとお婆ちゃんになるのも一瞬なのでは? やっぱり十兄を騙し討ちしてでも結婚式を挙げなければ。なんといっても白いドレスが着てみたい。
 私の記憶が始まったのは先々月くらいだ。お父さんに抱っこされてゴリ兄と目が合って、十兄が来て、そこから。
 なぜか色々学ぶ前に知っていること、普通の人間との差異を自覚できていること、十兄がお父さんを『博士』と呼びがちなこと。お父さんも、本来はお兄ちゃん達を『十』『ゴリ』とは呼ばないこと。諸々から色々なことが想像できないわけではないが、正直どうでもいいと思っている。だってごはんは美味しいし、お父さんは理屈っぽいけど優しいし頭が良くて面白い。ゴチャゴチャうるさい部分もあるけれど、私の意思を尊重してくれているのは知っているのだ、なんたって私はお父さんの娘なので。ゴリ兄はめちゃくちゃ強いのに優しくて頼りになる。十兄は行動が不健康すぎてほっとけないけど戦闘が始まると超かっこいい。私は、この家族が好きだ。……なんつって比較対象もないんだから好きも何もって感じもするけど!

「お話終わったー? お父さん私にゲーム教えてくれる約束はぁー?」
「おまっ、開ける前にノックか何かしろ!」
「ふすまを?」
「ああ、まあ、いいよ。どうせ気分転換がしたかったところだ」
「おい!」
「……話すべきことは、全部話した。さて、何が知りたいんだったか」

 ごめんねお兄ちゃん、譲ってあげたい気持ちは山々なんだけど、将棋を習う約束をしてるの。
 呆れた顔をして見せる十兄も、相手になれと言われて渋々席についてくれる。そういう優しいところも好きだよ。

「ちょうどいい、お前も少し学べ。役立つこともあるだろう」
「これがヒーロー活動の何に役立つってんだ」
「将棋は忍耐のゲームだ。お前は戦い方が雑すぎる」
(強いからね……)

 死なない身体っていうとそうなっちゃうのかね。まずは駒それぞれの役割を聞きつつ覚えつつ、実践よりも効果的な予習は無いとのことでさっそく一局打たされる。勝敗は、負けを悟った方の宣言でもって決まるという。とりあえず一局、意味も解らないまま二局目、ムキになり始めた十兄に言われて三局目を打ち始めようとしたところで、『いい加減に片付けろ』とゴリ兄に背中を突っつかれた。

「今日はの好きなブリ照りだからごはんにしよう」
「え、本当! やった!」
「……、あまり勢いよく動くな。こっちに来い。お前落ち着きがないんだから」
「ひっどいなあ」

 しかし十兄に甘えるなんてあんまりないので甘えちゃう。膝に乗せられると、さすがにこの背丈になってしまうと視界を邪魔してしまうのだけれど、言い出しっぺなので我慢してもらおう。
 どこかぶつけるとすぐ痣になってなかなか治らない私を、お父さんもお兄ちゃん達も気遣ってくれている。私もすぐ柱やら段差やらに引っかかるタイプなので大人しくしておく。骨折の回数は二十八を超えたあたりで数えるのをやめました。

「ねえねえ十兄、ヒーロー協会でなんか面白いことあった?」
「……お前、俺の待ち受け勝手に変えただろう。あれでずいぶん騒ぎになった」
「早く結婚式の写真に変えようね」
「そうじゃない」
の積極性は誰に似たかな本当に」
「元来の才能じゃないですかね」

 十兄の膝でお尻を跳ねさせているのを、じっとしてろとぎゅっとされる。ばかめ! それが狙いだ! どや顔を披露する私にゴリ兄が『これは才能ですよ』と嘯く。いやいや女の子たるものこれくらいはね。

、これを」
「……はーい」

 いつもの粉薬、食事前に摂るのだというそれを、受け取ると同時にゴリ兄が水をくれる。お世辞にも美味しくはないし粉が細かくて飲みにくいし嫌なのだけれど、このところ昼夜逆転――というより、昼も夜もなく何かを調べ作り続けているお父さんを知っている。毎回ちょっとずつ味が変わるのも、朝晩二回細胞を取って調べられているのも、たまにしか帰ってきてくれなかった十兄が毎日うちにいるようになったことも。無関係ではない気がするから。
 私が薬を口に含む、だけじゃお父さんは安心しない。ごくんと飲み込むまで、じっとこっちを見ている。少し、不安そうな目で。

(大丈夫だよ、お父さん)

 心配してくれているのも、なにか不安で怖いことがあるのも、それらから私を守ろうとしてくれてるのも知ってるよ。私に気付いてほしくないんだってことも。
 なんたって、私はお父さんの娘なのでね。全部お見通しなんですよ。

「飲んだー! ごはん! いただきます!」
「はい、いただきます」
「いただきます」
「……ます」

 何があっても、何がなくても。
 お父さんを、お兄ちゃん達を、この環境を愛しているんだって、ちゃんと伝わってるといい。


 違和感を覚えたのは、テレビでヒーロー特集をやっている時だった。
 ヒーローは子供達の憧れの職業第一位で、私は正直それほど興味もないんだけど十兄が映っているので。メディア越しに見る十兄もかっこいいんですよォ……顔色めちゃくちゃ悪いけど……。もう定番のようになったS級ヒーローが次々と表示されていく。サービス精神の旺盛な人は特集が組まれることもある、とはいえS級にはほとんどそんな人は居ないけれど。やっぱりちょっと、A級までとは扱いも違うので、年に一回くらいの頻度で放映されているらしい。とはいえ雑誌は毎週のように出てるし年鑑でも出てる。番犬マンかわいいなあ……一回本物見てみたい……。
 そうして――『期待の新星』と煽られた、新人でありながらS級となったヒーローに、見覚えがあるような気がした。

(鬼サイボーグ……)

 S級としては愛想が悪くないこと、美形であること、圧倒的に強いらしいことなどから、女性人気がすごいらしい。なんだろうこの人、見たことがある気がする。ご近所さんだったりするんだろうか、……私ほとんど外出したことないんだけど。
 という疑問は『まあいっか! この写真の十兄かっこいい!』で退けられてしまい、真面目に考えることはなかった。

 今の今まで、ずっと。

「墓荒らしは貴様か」

 サイボーグの掌、年鑑で見た熱放射をする口がこちらを、お父さんを向いている。
 たこ焼き屋の店内、いつも通り店番をしていたところだった。何か慌てた様子のお父さんが、奥に行っていなさいと私を抱き上げた瞬間だった。ふと遠目に見えたと思った金髪が、一瞬で店先に、いつもなら常連のおばちゃんがにこにこしている場所で、こちらに武器を向けている。

「なぜ、そう思う」

 お父さんのこめかみに、冷たい汗が伝っているのが見える。

「俺が姉さんを見間違えるはずがない。貴様を排除し、姉さんを解放する」
「――やめてよ!!」

 私を押し込もうとするお父さんの腕を弾き飛ばして、二人の間に身体をねじ込んだ。

「、」
!」
「お父さんが何したっていうの! ウチはただのたこ焼き屋です!」

 未だ若干足りない背丈を精一杯に伸ばして、両腕を広げて、銃口からお父さんを背後に隠す。
 あの黒い穴を知っている、ビルを一瞬で焦がした火炎放射、彼がプロヒーローになる前に焼き付けたという噂の怪人の跡もテレビでだけど見たことがある。私もそうなるのかもしれない、もしかしたらお父さんも。余計なことを考える頭を、意識的に切り離す。震えるな足。怯えるな顔。今、お父さんを守れるのは、私だけだ。

「そこをどけ、貴様に用はない」
「お父さんにだってないはずだよ! ちゃんと相手を見てよ、ヒーローなんでしょ?!」

 一瞬。鬼サイボーグが、短く息を吸ったのを聞いた。

(……え)
「……なんで、」
(え……?)

 震える声と、降ろされる掌。
 予想外な反応と表情にぽかんとしていると、背後からお父さんに抱きしめられる。

「……説明させてほしい。どちらにせよ、今のこの子は俺の力なしでは生きられない」
(え)

 鬼サイボーグの薄い唇が、なにか言おうとして開き――その背後になにか話しかける声が聞こえ、勢いよく振り返った。

「いえ、なんでも、……たこ焼きを買ったところです!」
「おお、アイツたこ焼き好きだったな。まあだいたいのもんは好きって感じもするけど」

 奪うようにたこ焼きを一パック持って、袋にも入れずに行ってしまう。六百円になりますけど! と言う暇もなく、お父さんによって鉄板の下に押し込まれていた。その、ほんの一瞬。見えた人影に、どっ、と脈打った心臓が、それ以上の思考を許さない。
 転がるように店を出て、去ったばかりの人影を探す。鬼サイボーグと並んで去っていく――ハゲ頭、赤いマント。がつんと頭を殴られたような衝撃があったけれど、それは内側から響くものだとわかっていた。
 黄色いスーツ。赤いマント。テレビでも雑誌でも取り上げられたことのないその人を、ヒーローだと……誰よりもヒーローだと、知っている。
 忘れるはずない。忘れ去れるはずがない。遠い背中。ずっとずっと、視界に焼き付くほどに見つめていた。

「………… せんせい……」

 言葉と一緒に涙が落ちる。それをまるで聞き取ったみたいに振り返った鬼サイボーグが――ジェノスが、おそらく声に出さずに言った。

(また、来る)

 ジェノス。先生。ゾンビマンさん。タツマキさん。フブキさん、キングさん、ミズキちゃん、――緑谷くん。引子さん。心操くん、トガちゃん、焦凍、お姉ちゃん、……お父さん。ゴリ兄。十兄。……私、は。

「……

 ぼろぼろ涙を零す私に、店を出てきたお父さんが声をかける。見上げると、どこか諦めたような表情で『思い出したのか』と呟いた。ひとりごとのようなそれに、声もなく頷く。

「そうか―― おいで。話をしよう」

 ……無意識に、両腕を伸ばしていた。抱っこを要求する子供の仕草に、お父さんはなにか、せつなそうな顔をして、私を抱き上げる。。ぎゅう、と強く抱きしめられて、私も強く抱き返した。お父さん、お父さん、――ジーナス博士。『進化の家』。
 途中で騒ぎに気付いたらしいゴリ兄が、店先から不安そうにこちらを見つめていた。


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2019.12.20