抱き上げられるままにしがみつくと、赤ん坊をあやすように背中を叩くてのひら。家の中へと運ばれながらその肩越しに薄いガラス戸が閉まる、その様子を見た瞬間、懐かしいと感じた。数えるのを中断するほど見た光景だった。

 家の中でも痣を作ることはしょっちゅうだったけれど、家の外ではその比じゃない。少し転んだりぶつけたりするたび私の身体は脆い豆腐みたいに傷んで、誰かにぶつかられたりしたら冗談じゃなく骨折沙汰だ。昔の漫画でカップルにいちゃもんつけるヤクザみたいに、骨折れちまったよどうしてくれんだよ~である。実際そんなこと言ってる元気もないけども。即座に気絶するか泣くかしてお父さんかお兄ちゃん達に回収される感じだったけども。思えば病院に行ったことはない。行ったらまずいことになる立場なのだろうと、今更になって思う。
 だから、いつもこうやって、抱えられて家に戻ってきていた。時には私をあやしながら、だいじょうぶだと、お父さんが何とかしてやるからなと力付けながら。……実際、短い時には数時間で完治していた(と表現していいのか定かではないけれど立てる程度には修復された)ので、病院よりも手早かったとは思う。

 ゴリ兄が用意した座布団の上に降ろされる。そのまま、ふかふかの兄の身体に背中を預けていたかったけれど、私の頭を撫でてから部屋の外へ出て行ってしまった。
 ゴリ兄も、私よりも私のことについて知っているだろう一人なのだ。なにか察したのだろう。ちゃぶ台を挟んで、お父さんと向かい合う。涙を拭うこともしない私に、まず顔を拭きなさい、とハンカチが差し出された。

「それから……左の骨が少し心配だ。これを飲みなさい」
「……お父さん。ジーナス博士」
「……」

 『私』が知るはずのない名前を口にする。黒い瞳が私を向いて、すぐに低く伏せられた。

「脳みそは、別物のはずなんだがな。……本当に記憶というものは、魂というものは不可解だ。二十一グラムの実態は未だ解明されていない」
「……」
「……飲みなさい。少し痛むかもしれないが、早い方が治るのも早い」

 粉薬を、言われるまま口に運ぶ。飲むと骨が熱くなるようで、それがまた痛くて、昔からあまり好きではなかった。時には手術を併せつつ、どうしても必要だった薬。
 飲み切るのを確認するように見つめ続けていたお父さんが、詰めていた息をそっとほどいた。そうして気を取り直すように、ハンカチを取ろうとしない私に手を伸ばす。私の代わりに私の涙を拭う。

「お前は―― 君は。自分の名前が、『セイレーン』だったことを覚えているかい」

 頷く。セイレーンは、私のヒーロー名だった。

「由来は?」
「……覚えてないんじゃない、知らなかったの。目立つきっかけになった事件が海沿いだったことと、髪が長かったせいだと思ってるんだけど」
「そうか――そうだろうな。そこを自覚できていれば、A級に昇格するのは容易かっただろうに」
「?」
「いや、いい。……そうだな、話を…… 話をしよう。『お前』が生まれる少し前のことから」

 進化の家。
 宗教団体の皮を被り、怪人と呼んでいい生命体をいくつも造り出した組織――その実態は、今目の前にいるお父さん、ジーナス博士たったひとりだ。研究施設は先生とジェノス、ついでに私によって破壊されたが、本来はこの人ひとりがいれば何度だって再生できる。先生も、特にこの人を正そうとはしなかった記憶がある。ヒトに迷惑かけなきゃいいだろ、趣味は自由に本気でやるべきだ。いつか言っていたそんな台詞は、彼自身が『趣味で』ヒーローをやっている、という主張から発せられたものだったのかもしれない。

「――君の声は特殊、というか、平凡ではあったがよく鍛えられていた。素晴らしい歌声をしていた。
 時間を、止めるほどに。……もちろんこれは比喩だ。
 だが君の先生、ヒーローハゲマントの肉体に神が宿っていると言われるように――思えば君も、リミッターが外れていたのかな。そうなりかけていたのかもしれない。

 オルフェウスの神話を知っているかい。古代ギリシャの竪琴の名手だ。
 彼の歌と演奏は素晴らしかったんだが、女癖が悪かった。弄ばれた女達が仕返しに行くものの、その歌の素晴らしさに力が抜けてしまう。ならばと音が聞こえない遠くから木や石を投げて攻撃するものの、木や石までもが聞き惚れて彼に届く前に落ちてしまう――といった逸話があってね。もちろん神話だ。作り話だ。けれど、君の歌を聴いてから、あの神話は事実だったのかもしれないと思うようになったよ。少なくとも事実を基にしたんじゃないかと。

 ……君の歌声は素晴らしかった。怪人が目をつけるほどに。

 人間が怪人化する例を知っているね。極度のコンプレックスや悩み、強い怨念が人間を異形化させることがある。
 そして怪人細胞の例があったように、怪人化『させる』技術が広まった。君の墓は暴かれ、肉体を持ち去られ、……けれど怪人協会はほぼ壊滅状態だったと聞いていたからそのせいかな。君は中途半端な状態で、ひどい歌声を撒き散らす怨霊と化していたよ。
 操っていた怪人達を倒し……せめて修復してやってくれと、六十六号がやってきた。
 声帯のあたりが一番重要だったのだろうね。それも酷い有様だったが、多少見た目がきれいになる程度のことしかできないと言ったが、それでもいいと。この声を持って行けなかったら、来世きっと惜しいだろうと。信心なんて持っていないと思ったんだがなあ、どうしてああなったんだあいつは。

 それで――それで。とっくに諦めた研究の遺物が、役立ったと言っていいのかな。
 君の修復は順調で、……順調すぎた。あと一週間もすれば綺麗になるだろうと、思っていたんだが、……その先に小さな……萌芽のような、欠片が見えた時……失った夢を、思い出してしまったんだ。

 人類の進歩。神の領域へ近付く、途方もない高みへ続く、たった一歩。
 いや、もう、認めよう。私はただ知りたかっただけなんだ、やりたかっただけなんだ。素晴らしいものを作れると信じていたかっただけで、そのための試行錯誤が楽しくて、……ただ、子供が時計を分解してしまうような、元通り組み立てて喜ぶのと同じような単純さだ。もっと強く、もっと速く、もっと大きく。

 修復液と、素材を足し続けた。不死身シリーズで成功したのは六十六号ただ一例だった、あのときはサンプルも豊富だった。今回は君の声帯はただ一つで、他に細胞なんて確保できていない。経験値があるとはいえ確立した論理もない、成功するとは限らない。……今思うと、失敗したらそれはそれでおおごとだったわけだが、そんな言い訳で君の『修復』を続けた。

 一週間後には胎児ができていた。更に数週間後には新生児程度になっていたよ。
 どういう理由だか、首だけが……おそらく声帯だけが異様に、大人レベルに大きくて。カプセルの中で成長していく君は、声帯の大きさは変えられないようだった。成長するにつれ、その特徴は目立たなくなっていくだろう。

 六十六号が気付いたのはその頃だな。
 ボコボコにやられた。そんなことを言ったんじゃないと、そんなつもりじゃなかったと、本当に殺されそうになって――覚えているかわからないが、君がカプセルを叩いたんだ。ここから出せ、と言うように。
 ……私の経験では、一度酸素に触れた肺はカプセルの中に戻れない。カプセルから出すことは、君を人間として育てることを意味していた。私も彼もただ君を凝視したまま、動けずにいて。……とうとう、カプセルに近付いてボタンを押す私を、彼が止めることはなかった。できなかったんだろう。這い出して、まだ見えないはずの両目をしっかり開けて、……それが当然のように、両腕を伸ばしてきた。

 抱き上げた瞬間、胸を衝かれるような思いがした。
 羊水を模した修復液の、少し血に似て不思議と少し甘い匂いをまとう君の、あたたかさに、もう無理だと思った。もう無理だ、もうこの子を殺せない、……本当はどうするべきか、私だってわかっていたんだ。これまでやってきたことに後悔も罪悪感も無いが、無数に造っては使い捨てた生命に対して感謝以外のなにもないが、……どうしてか、初めて、そんなことはできないと思った。この子は生まれた。私にはもう、この子を殺せない。
 六十六号は、それでも一回は試みたようだ。斧を大きく振りかぶって、おそらく私ごと叩き切ろうとしたんだろう。声を上げた君に、動きを止めてしまうその一瞬前まで。
 舌足らずに、身体に見合わない声帯で、それでも確かに……君の声だった。私が知る、彼が知る、セイレーンの声だった。
 長く長く逡巡していたようだった。あの腕では重くもないだろう斧をぶるぶる震わせて、取り落として、……君がまた、声を上げて。長い溜息を吐き出して、やるせない顔をしていたが……君の頬をつついて、『やわらかいな』と言っていたよ。初めてその感触を知ったような顔をしていた。

 あとは君が知る通りだ。
 君を私の娘として育てることにして――不器用ながら、我々は『家族』のていを保つことにした。ゴリ……アーマードゴリラとは進化の家壊滅後から元々ここでたこやきの家をやっていたから、そう変化はなかったが。六十六号は、監視と称してよく様子を見に来るようになったな。そこそこに育って私がいなくとも大丈夫な程度に成長したら、私と君を引き離そうと思っている様子だった。接するうちに彼自身が君を妹のように思ってしまうのは、本人としては計算外だっただろうが……第三者としては予想がついていたよ。初対面からそうなんだ。彼は君のために君を治そうとし、私を殺そうとし、君を殺そうとし、殺せなかった。今も、君を守ろうとしている。

 ……経緯としては、こんなところか」

 長く語り、少し疲れたようだった。窓から差すオレンジ色の夕陽が、銀色のメガネフレームを細く光らせている。
 怪人に利用されようとした元ヒーローの遺体。それを奪い返し、少し治して墓に戻すつもりが、うっかり子供になってしまったので育てることにしたと――そういうことなのだろう。自分の記憶や印象と合致することも多い。おそらく嘘はないだろう。

(ジェノス的には墓が荒らされて、しばらくして私とジーナス博士を発見。いろいろ察してつっかかってきた、と……)

 ゾンビマンさんは話さなかったんだろうか、……話す前に『私』が生まれちゃって何も話せなくなったのかな。お前の姉弟子の遺体を取り戻しました、まではともかく、勝手に生き返らせましたとか言えるはずがない。たぶんジェノスと会わなければ――先生を見ることがなければ、私は思い出さないままだっただろう。思い出しさえしなければ、私はこの家でこの人の娘のままでいたのだろう。心なしか肩を落としているお父さんを見つめながら思う。
 語られた話に嘘はない。
 ただ、全てでもないだろう。

「お父さん」

 伏せられていた瞳が、私に向けられる。

「まだ話してないこと、あるよね」

 空になった薬の袋と、それを飲むための器。ジェノスに言ったこと。
 あまりにも脆弱な肉体。
 …………長い長い沈黙を挟んで、やはり長い溜息が吐き出された。

「――しばらく経って、君が作った痣がいつまで経っても治らないことに気付いた。
 細胞を少し採って調べて、発覚したんだが。君は成長がとても速い。先週まで君は四歳ほどだったのは、覚えているだろう。今は大体……十二歳くらいか? 明日にはもっと育っていることだろう。赤ん坊のころはそうでもなかったんだがね、幼児になってからの成長が早く、そして、……ひどく短い。
 通常、ヒトの細胞というものは分裂する。分裂した細胞が分裂前のものと同じくらいまで成長し、人間の身体は大きくなっていく。プラナリアをモデルにこれを無限に繰り返せるようになったのが六十六号なわけだが――……元がそうなのか、怪人に弄られたせいか、私の技術が足りなかったのか……君の細胞は、分裂し、成長はするが、……限度がある。お前の細胞は、成長が早い代わりのように、死ぬのが早い。今は新しい細胞を注ぎ足し、表面を覆って誤魔化しているような状態だが」

 つらつらと語る口調は滑らかだったが、これは盛大な前置きだと知っている。
 ひどく端的な物言いをするくせに、本人基準で話しづらいことになると、煙に巻こうとする――他に紛れさせようとする悪癖があるのだ、この人には。

「限界は、遠くないだろう」

 自分の身体を見下ろす。
 残っている傷も残っていない傷もある。しかしその残っていないものも、表面的に隠れただけであって内部はそうではない。内側から腐っていく果物のように、皮を剥くことができるのならもう真っ黒に傷んでしまっているのかもしれない。
 そう考えれば納得のいくことが多かった。身体を引きずるような倦怠感も、呼吸や水が重いのも、あまり帰ってこなかったのに毎日この家で眠るようになった十兄のことも。

「……私の身体がいつまで保つか、わかったりする?」
「……」

 じっと、目を見て――首を振る。つまり理論的には既に限界なわけだ。おそらく、数秒後に息を止めたとしても何ら不思議でない状態にある。

「……そう……」

 一度目の人生は戦闘中に普通にミスって死んだ。
 二度目は、……あれどういう状況だったんだろうな。焦凍にいい加減にしろみたいなこと言って……黒霧さん達がヴィランだったのを思い出して……死んだからいいけど結構な騒ぎになってそうだな、マスコミ食いつきそう……あ、緑谷くんと会ったな最後に。なんか痛かった覚えもあるので一斉捕縛か何かに巻き込まれて死んだかな。危ないところに入り浸って巻き込まれて死亡って自業自得感ある。
 そして三度目は、肉体の寿命がやってきた。

(……まあ、でも、そう悪くはないのでは)

 なんて思ってしまうのは、ちょっと能天気が過ぎるだろうか。
 ちゃぶ台を回り込み、私よりずっと深刻に受け止めていそうなジーナス博士――お父さんの傍に寄る。おそらく務めて無表情であろうとしている顔は、まっすぐ前を見つめていて私を見ない。……進化の家、か。ヒトに迷惑かけなきゃいいと言っていた先生に、反論もできないけど賛成もできずにいたけれど、この立場になって思う。その通りだったのかもしれない。
 自分の『作品』に殺されようとしていた時、この人はほとんど無抵抗だった。ゾンビマンさんにも、『私』を抱き上げていたというときもそうなのだろう。今も。
 好き勝手に作る代わりに、その作品が自我を持つのも復讐にやってくるのも止めない。自分がしたことの結論を、受け止めようというつもりではいるのだろう、おそらく多分。
 だから、私も、受け止めてもらおう。

「…… ?」

 ぎゅっと背後から肩を包むようにくっつくと、不思議そうな声がした。
 上げられた顔と目が合う。黒い髪、黒い瞳。私と同じ色彩。胸元でクロスする私の腕に、恐る恐るといった様子で手が伸ばされた。

「……私、こっちで死んだときのことはよく覚えてないんだけど、たぶんそれほど深刻じゃなかったと思うの。あーミスした畜生くらいで」
「こっちで?」
「覚えてる限り人生三度目」

 お父さんがきょとんとする。実年齢がいくつなのかは知らないけれど、そうした顔は幼く見える。

「でも、あっちで生まれて、育って、……こっちにいられない自分が嫌だった。前世なんて私の都合のいい妄想なんじゃないかって気持ちもずっとあった。先生やジェノスの存在を疑う自分を許せないけど、素直に受け入れるには―― ……つらかった、のかな……よくわからないけど」

 幸せな記憶は、却ってつらいものだったかもしれない。あの頃の、私には。
 自分の恵まれなさばかりが目についた。だけど双子の弟のようになりたかったかというと、正直言って絶対嫌だ。吐いても気絶しても『弱いフリをするな!』で水ぶっかけられて稽古という名の虐待続行だぜ、あれも地獄。五歳児やぞ。……助けてあげられなかったな、ずっと。私の中身はこっちから続いていたのに、小さな身体は手も足も出なかった。
 助けたいはずの相手を助けられず、兄や姉とは距離を取らなくてはいけなくて、両親は弟にかかりきりで。自由気ままではあったけれど、自由気ままにしかなれなかった側面もある。

 幸福な記憶は支えでありながら重荷のようでもあった。
 精神年齢は大人のはずなのに、家族の、親の愛情を求めてしまう自分が、苦しく恥ずかしくもあった。バラバラで、ちぐはぐで、色々なものをごまかしながらギリギリどうにか自我を保っているような人生だった。

「……今は、思い出しても、全然つらくない」

 先生に会いたい。
 ジェノスに会いたい。
 残り時間がもう無いというなら今すぐ行かなきゃいけない。けれど、同じくらい大事なものが、今回の人生にはある。

「お父さんが、ちゃんと私を娘にしてくれたからだよ。お兄ちゃん達が私を妹にしてくれたからだよ」

 この人のしたことを、もしかしたら後悔し怯えているかもしれない過去について、正しく伝える。
 前世では永遠に満たされなかったはずの部分だ。
 あの世界では『個性』と呼ばれる特殊能力があって、それを持たずに生まれた者は『無個性』と呼ばれた。それでけっこう苦労したと思うけれど、当時の私はあんまりそれを認めたくなかった。『個性』があろうがなかろうが、それで蔑んじゃう人間性が問題でしょう。そんなふうに思っていた。思う分にはいいけど、どんな主張も人に強いてはいけないよね。特に、『個性婚』を行うほどそれを重視している人達には。キリスト教の祭典中に乗り込んで聖書焼くようなもんだったかもしれない。
 …………私は、『個性』が欲しかったわけじゃない。『無個性でも抱きしめてくれる人』が、欲しかったんだ。

 作った目的が違ったとしても、出た結果が違ったとしても、愛してくれるような人が。

「……お父さん、いつも私を治そうとしてくれてありがとう。怪我しないように抱いて運んでくれてありがとう、大丈夫だって繰り返してくれてありがとう」

 腕を伸ばせば抱き上げてもらえる。それは『今回』初めて手に入ったものだ。初めて、当然のように与えられてきたものだ。
 数えきれないほど抱き締めてもらってきた。涙を拭ってもらってきた。すぐに崩れる肉体を繰り返し修復して、死の恐怖からも遠ざけようと秘密を作って、いつ死ぬかわからない娘を相手に『いつも通り』を演じ続けて。

「優しくてかっこいいお兄ちゃん達もできた。初めて、家族だって言える人達がいる。……私に三度目をくれてありがとう、お父さん」

 よく知った肩に頬を寄せる。いつも似たようなデザイン、薄いニットが、私が成長し始めてから――特に私を抱き上げる必要性ができてから、レーヨンからコットンに素材を変えたのを知っている。その意図に気付いたのはたった今だけれど。
 『お前は』と震える声がした。

「お前は今でも、そう、呼んでくれるか」
「……」

 お父さん。
 その胴に腕を回す。お父さん。たぶん三度目にしてようやく、初めての、お父さん。

「お父さんは、私のお父さんだよ」

 一度目の父親は顔も知らない。孤児だったうえに壊滅させられたからね、仕方ないね。
 二度目の父親も、もうよく覚えていない。元々それほどの接点もなかったからね。だけどたとえ四度目があっても、五度目があっても、私はこのコットンニットの肌触りを、頬に触れるあたたかさを忘れることはないのだろう。一度目と二度目で渇望してやまなかったものに、私は全身で浸って、まあるく満たされている。今だからこそわかるものが、たくさんある。

 膝に乗って話したいなと思ったけれど、今は背後からくっついていてあげよう。
 私はお父さんの娘なのでね。今、お父さん基準で見せられる顔かどうかくらいはわかるんですよ。そしてそれを尊重してあげられるんですよ、お父さんの娘なのでね。…………別に自分がぶっさいくな顔をしてるだろうからってわけでは、ない。



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2019.12.24