前回までのあらすじ!
 この世界で生きて死んだ私は、別の場所で生き死にを経験し、ふたたびこの地に蘇りました!
 しかしそれは元マッドサイエンティストによる半分慈善、半分実験、結果親子みたいな感じだったようです!
 もともとの細胞が少ないうえ使用した素材はたこ焼き屋の商品流用! あとやっぱ単純に生命を作るのは難しいね、この身体も長くはもたないっていうか限界過ぎてるっぽいですよ! いつ死んでもおかしくないってさ!
 そこで私は今回の人生を初回と前回徳を積んだ結果のボーナスステージと捉え、家族に別れを告げ、最大の心残りであったかつての師匠と弟弟子に

 まで言ったところで頭を掴まれた。

「いっ、たい、痛い痛い痛いマジで今の身体ほんと脆いからポッキー感覚で骨折れるから」
「加減はしている」
「その細やかな配慮をもうちょっと早く使っ、痛いってのゴラァ!!!」
「こんな時にふざけたことを抜かすからだ!!!!!」

 ――わりと頑張ったつもりの大声に、それ以上の威力で怒鳴られる。
 そんなふうに、声に感情を乗せることはほとんど無かった。結果としてそうなってしまうことはあっても、基本的に口下手というか表現下手な奴だ。怒った時も悲しむときも、なんというかフラットで、たぶん方法を知らないのだろうと思っていた。
 ぽかんと見つめ返す私に、はっとしたように息を呑んで――俯いて、目を逸らす。入れ。短く言って招かれたのは、かつて二人で両隣を陣取ったヒーロー用の住居だ。近隣のヒーロー達がざわざわと集まってきているのを見て、おとなしくジェノスの後に続いた。先生は? 無意識に訊ねた言葉に、外出中だ、とだけ返ってくる。背後でばたんとドアが閉じて、途端に喧騒が途絶える。
 十兄に無理言って送ってもらったんだけどなあ、無駄足だったかな。いやジェノスに会えたから無駄ではなかったけれど、こいつ聞く耳あるかなあ今。

「……いまさら、何をしに来た」
「ひっでえなオイ」

 言った傍からこれだ。言ってないけど。

「そう言われると思っていなかったわけでもないんだろう。今の貴様はヒーローでもない」
「ジェノス、さっきも言ったと思うけど私の肉体は限界なわけ。一瞬後に息を止めるかもしれないわけ」
「……それがどうした、」
「あんたがそれでいいならいいけど。そんな言葉を最後に死なれたら、後悔するのはあんたじゃないの?」

 自惚れ、のつもりはない。私がジェノスを大事に思っているように、ジェノスだって私のことを大事に思っているのは『知っている』。

「…………後悔なら、もうした」
「……」
「俺達が――俺が、あの後どうしたと思う。どれだけ眠れなかったと思う。クセーノ博士に何度も手をかけさせて、異常はないと繰り返され、先生も、地獄のフブキも、キングも、……俺が……後悔、しなかったとでも、思うか」
「………… ごめん」
「その適当な謝罪はお前の数多ある欠点の一つだ」
「本当ひでえな」
「墓を暴かれ、遺体もなにもなくなっていて、ようやく見つけたと思ったら『お父さんはなにもしてない』? 知ってる顔になったと思ったら『いつ死んでもおかしくない』? 『限界過ぎてる』? ……『心残り』?」
「……」
「ふざけるな、ふざけるなよ、戻ってきたくせになんで! だったらどうして戻ってきた!!」
「…………」

 怒りと悲痛にごっちゃになった声が、しんとした部屋の空気を震わせる。
 なるほど。
 思ったより混乱させていた。そして思ったよりお怒りで、悲しみに沈んでおられた。マジで時間がないっぽいんだけどなあ、でもまあ先生はどうせ外出中のようだし、これも姉弟子の役目か。
 部屋の中に上がり込んで、ワンルームに残った――一人暮らしには不釣り合いのソファに身を沈める。ジェノスに掴まれた部分が痣になっているのがわかるけれど、髪の中だしわからないだろう。なにより今更か。
 緊張感のない私の行動を咎めるわけでもなく、部屋の真ん中に立ち尽くしているジェノスは俯いては私を見てを繰り返し、やがて震える唇を開いた。

「……どうして、死んだ、……なんで、また消えるくせに、戻ってきたり、なんか」
「……うん」
「進化の家を庇ったりして……」
「……今の私には、本当にお父さんなんだよ。お父さんとかお兄ちゃん達を責めるのやめてね。マジで。マジのお願い」
「ッだから! それがっ……」

 喚くジェノスに、そろそろいいだろうと手を伸ばす。一瞬どうしてか怯えたように手を引っ込めたジェノスが、そろそろと、確かめるように触れてくる。
 ――博士はどうして、サイボーグの顔に涙なんて機能をつけたのだろう。視界の邪魔だろうにな。手を繋いでからとたんに大人しくなってしまったジェノスをソファに座らせ、自分はその真向かいに立って頭を撫でてやりながら思う。
 しばらく沈黙のまま時間が過ぎ、されるがままになっていたジェノスはその両腕を伸ばしてきた。そうしてそっと、覚えがないほど優しく、しがみつかれる。

「…………慢心しすぎた……俺も、先生も、お前もだ」
「うん」
「怪人協会の、残党といったか。根こそぎにしてくる」
「うん」
「俺は――俺はもっと強くなる。復讐を果たす、先生にいつか追いつく」
「……うん」

 それは。
 私がかなえたかったことでも、あった。
 思えば、同じ場所で同じものを目指していた。一人にしてごめんな。小さく言うと、なんの返事もなかったけれど代わりのように腹に押し付けられる頭がぐりぐり動いた。鮮やかな金髪を抱きしめる。ジェノス。似たような境遇の、同じ人に惚れ込んだ、私の弟弟子。

「……しかし、私の前だと姉さんって呼んでくれないんだね」
「…………」
「痛い痛い痛い痛い私マジで八日目の蝉みたいなもんだから労わって」
「デリカシーの、なさは、死んでも、治らないか」
「おまいう……」

 デリカシーとかジェノスにだけは言われることじゃないぞ、と続けたかったけれど、確かに今のはちょっと自分でも失言かなと思ったので言い返さずにおいた。しかし私じゃなかったら決裂してる場面がいくつかあったぞ、こいつの表現下手でこれからやっていけるのか不安である。先生は普通に意思疎通できるけど変なところで度量が大きいというか納得するラインがおかしいんだよなあ、『それ納得しちゃうの?!』みたいなとこある……。こいつら二人残していくの本気で不安……。

(……不安、だけど、どうしようもないんだよな……)

 フブキさんがいる、キングさんがいる。他にも優しい人達がいる。どうにかなってくれ。なるって信じてるからな。他の人達に託さなきゃいけないのが心苦しいところではある。ジェノスまじ……もうちょっと表現ってものに気を使って……。辞書を読んで……。辞書じゃだめか。気遣いの問題だな。そういえば焦凍も口下手というか、いや一生懸命ではあったんだろうが妙にズレてるっていうかな部分あったな。もしかしてこいつらを増長させてしまってるのは私か? いやそんなばかな。

?」
「……私の弟はみんな喋るのが下手だな……」
「………… 俺以外に弟がいるのか」
「いや前世で、 いってえ!!!」

 だからお前らのお怒りポイントよくわかんないんだよ!!

 そのままジェノスの部屋でだらだら過ごし、生前よく遊んでいたゲームに触ってみるものの上手く扱えない。まあ十三歳そこそこの肉体じゃなあ、……いやゲームのコントローラー握るには充分なはずだな……? これが重いってひ弱にもほどがあるな……? お父さん達が思う存分甘やかしてくれちゃったからなあ、屋内移動でさえ抱っこだったし。鍛えてもどうしようもないと知ってたとはいえ面倒じゃなかったんだろうか……そして私もよく自然に受け入れてたな……? 何も覚えてなかったとはいえ……?

「……」

 そうしてちらちらと、意味もなく先生の部屋のある方を見てしまう。未だ帰ってきている気配がない。――会いたい一心で来てしまったけれど、会って何をできるのだろうかと、少し思う。
 千切れそうなくらい会いたかった。片道切符で構わない、いっそ死ねばいいのかと思ったことも無くはない。実際死んだらこっちに生まれてこられたので予測は外れていなかったらしいが、でもなあ、これお父さんのおかげだよなあやっぱり。一応、自分の肉体が基になっているわけだし。
 じっとしている私に気付いたのか、ジェノスが『会いたいか』と静かに言った。疑問符のついていない音だ。

「……会いたいよ。そりゃそうだよ」

 だけど、会ってどうするんだろう。
 いつ息絶えるとも解らない身体で、先生の弟子ですとは多分もう言えないんだろう。女子として、好きですと言ってみたところで、実っても実らなくても死別しかない。先生は死に逝く相手に告白されて、あっさり断れるタイプだろうか。万一受け入れてもらえたとして、私はそれを疑わずにいられるんだろうか。とりとめのない疑問ばかりが続いていく。
 先生、会いたかったです。ずっと先生のことを考えていました。あなたがいてくれたから、あなたを忘れずにいられたから、十五年間あの場所で呼吸ができたんです。きっと今も、期限付きでも、ここに来ることができたんです。そう言えたとして、その先は?
 好きです。
 好きでした。
 あなたの弟子でいたかった、あなたのヒーローになりたかった、あなたを一人にしない存在になりたかった。…………それもまた、過去の話だ。

 両手を見下ろす。三度目の命、三度目の肉体。残り少ない時間。この状態で、あと何をやれるだろうか。

「……弟というのは、どんな奴なんだ」
「ん? あ、前世の話?」
「ああ」

 気を紛らわせようとしてくれているのだろうか。隣に座っているくせに私の方を見ない、けれど身体はぴったりくっつけたままで言う。……ほんとに不器用なやつだなと、少し笑う。

「さあ――よく知らないんだ。あれもあれでちょっと訳アリなご家庭だったからね」

 だけど。少しボタンを掛け違えただけだったのかなと、今になってみると思う。あのころの両親も、姉や兄達も。双子の弟も。……トラウマを乗り越えて、なりたいものになれるよう努力していたところだったんだ。もう少し自分も頑張るか、心を開いてみるべきだったなと……思えるのは終わっちゃったことだからだよなあ。知ってる知ってる。そうさせてくれるような、息抜きさせて余裕を作ってくれるような誰かがいれば、また別だったのだろうけれど。もしかしてヴィラン連合の皆様がそれだったのだろうか。いや立場が悪すぎたな? そして私はヴィランにはなれない人間だったからな? 特殊能力の有無にかかわらず善悪に対してあんまり興味がなかったからなあおそらくなあ……。それは今でもあんまり変わってない気はするけど……。

「……ジェノスはどう? ヒーローやってて」
「どうとは」
「順調?」
「まあ――そうだな、おそらく。最近はそれほど怪人も出ていないが」
(こっちでのヒーロー活動はやっぱり戦闘がメインだったもんな……S級だからかもしれないけど)

 思えばこいつも、善悪にはそれほど興味がない気がする。勿論その区別はついているし、怪人の手から子供を守る気概はあるが。

「ねえ、ジェノス。もしもヒーローじゃなく敵対組織――怪人協会かな、あっちに誘われてたら、どうしてた?」
「……お前の遺体を持ち出して? 再利用して? ボロボロにした? 怪人協会か?」
「悪かった。他の何かさあ……なんだろ、なんかほかの団体あるでしょ。忍びの里とかそっち」
「さあな。俺は先生についてヒーローになっただけだ」
「だよね」
「だが、ヒーローを志していなかったら先生はあそこまで強くはならなかったのだろう」
「…………」

 ヒーローを、志していなかったら、先生は。

「そして俺も――名前はどうあれ、俺の思う正義を貫くつもりでいる」

 復讐もその一環だ。
 付け加えられた言葉は物騒この上ないが、その静けさに彼の決意を垣間見たようで『うん』とだけ答える。うん。そうだな。そうだったな。私も、ジェノスも。たまたま、偶然、ヒーローになったんだった。そしてその成り行き上の仕事を通して、たくさんの人を助けた。たぶん、ジェノスはこれからも。

「やっぱり考えすぎてたなあ」
「何がだ」
「先生を基準に考えるのは私とあんたの悪い癖だよねってこと」

 心の中だけだったとはいえ、ちょっと責めてごめんね心操くん。あと緑谷くんにも理想を押し付けた気がする、ごめん。まあでも、もう会うことも無い相手か――

「……」

 すこし、寂しいような気がするのは。さすがに身勝手ってもんなんだろう。

「……ねえジェノス、ジェノスから私に言っておきたいことってないの」
「言っておきたいこと?」
「ほら、ボーナスステージだからさ今。そろそろ終わるから」

 そう言って顔を見た途端、ひどいしかめっ面を向けられる。怒るならちゃんと怒れよ、そんな子供が癇癪まじりに泣くような顔じゃなくってさ、と思うものの、これも『デリカシーがない』に分類されるなと思って口を噤む。

「……無いな。もう言いたいことは言った。お前の遺体も今ここにあるものが全てだというなら、あとは舐めた真似をしてくれた怪人協会の残党を潰すだけだ」
「そっか」
「お前こそ、ないのか。言うことは」
「――……」

 なんとなく。改めて、ジェノスを見つめる。
 言い合って張り合って喧嘩ばかりしていた弟弟子。私のいないところでだけ姉さんと呼んでくれているらしい、素直じゃない相手。本当かわいくねえなあって思ってたけど、まあ多分かわいくないんだけど、どうしても甘くなってしまう相手。手を伸ばし、金髪をわしゃわしゃ撫でる。憮然とした顔をつくるくせに、絶対に拒否をしない。

「死んでごめんね。今回も、置いていく形でごめんね」
「……、」

 ぐ、と唇を噛む様子が見える。なにか言いたいことをどうにか留めているのだろう、『謝るなら死ぬな』とか、そういう種類のことを。
 それを呑み込めるだけ、ずいぶん大人に――優しく、なったじゃないか。

「だけど、また会えてよかったよ。もしも次があったら、また会おうね」
「……、ばかな、ことを」

 ふいっと顔を背けて深く俯いたジェノスに対しては、正面に回ってやってもよかったのだけれどそろそろマジで体力が尽きている。震える肩に寄りかかって、未だ人の気配がない先生の部屋へ意識を向けた。



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2019.12.30