どこか夢現で見た彼の姿を、たぶん幻覚なんだろうなと思っていた、けれど。

「……本物だった」
「何言ってんだ」
「いや…… お見舞い来てくれたの? 大丈夫? 監視対象になっちゃわない?」
「先ずそれかよ」

 呆れた様子を隠しもせず大きな溜息をついた心操くんが、車の消えた方向を眺めて『あの車、先生?』と呟く。校長先生だよ。短く答えると、特に意外でもなさそうな『へえ』が返ってきた。

「……心操くん、時間ある? ちょっとお話しない?」
「お前戻らなくていいの」
「病院内なら大丈夫でしょ。せっかく広い中庭あるんだし」

 太陽はまだ高い。校長先生が外出させてくれたということは、その辺の許可は出ているのだろう。だいいち身体的には特に異常もない――おそらく多分。木陰と日向が半々ほどになっているベンチに腰を下ろすと、一瞬どうしてか気難しそうに目を細めた心操くんが離れていった。なんだ今の間は。
 すぐ近くにあった自販機に近付いて、数分も経たず戻ってくる。隣に座った彼は、見もせずに缶を一つ寄越した。

「見舞いの品」
「お、やった。ゴチです」
「おー…… 今更だけど飲み食い大丈夫なのか轟」
「問題ないよ、普通に売店で買い食いしてる」
「入院患者……」
「まあまあ、なんのための入院かもよくわかってないしねぇ」

 大きい病院だからか、売店のほかにコンビニもいくつか入っている。入院患者のためではないんだろうけれど、二十四時間やっててくれてるのは普通にありがたい。病室抜けてるの見つかると怒られるけどね。ここの婦長さんは遠慮がなくていいナースだ。

「しかし心操くん、よく私の入院知ってたね。私あんまり状況わかってないんだけど、えーと……ヴィラン連合の云々があって……キレ、いやヒーロー科の子のついでに助かって……? しばらく寝て起きた? 一回起きた気がするんだけど、そのとき心操くんいなかったよね?」
「居たよ。一回。お前が暴れてた時」
「え何それ記憶にないんだけど」
「大騒ぎだった」
「マジでえ」

 記憶にない。心操くんがいたことしか、なんか必死に呼んでくれたことしか――……暴れたから必死に呼ばれたのか? しかし暴れたって言ってもなあ。所詮は無個性の平均体型の女だ。それほど被害は出てないだろう。勝手に想定して、受け取ったジュースのプルタブを引っ張る。カシュ、と音がして、甘い清涼飲料に混じって窒素の抜けるにおいがする。

「そんとき」
「ん?」
「お前の家族もいたんだけど、記憶、あるか」
「――」

 口をつけた缶を傾ける。レモンとライムの香り付きジュースだ、味としてはスポーツドリンクに近い。
 家族――家族か――ヴィラン連合から戻ってきた娘、普段の言動や無個性という背景も充分怪しい。父親や双子の弟とうまくいっていない。緊急事態なので血縁者は当然呼ばれるだろうが、……まあ、その状況なら無視できないだろう、プロヒーローとしては。

「記憶はないけど、想像はつく」

 座った膝に肘をついて俯いていた心操くんが、顔を上げた。

「……エンデヴァーさんに失礼なことされなかった?」
「……いや」
「そう、なら、いいんだけど」

 眼中にないならそれはそれでよかった、眼中にあったところで体育祭での緑谷くんの扱いだ。あの男マジで礼儀ってもんがなってねえ。私が注意するようなことでもないんだが。……と、思って、ふと自分の口に手を当てた。声には出していない。出してないけど、あまりにも自然に零れた意識に自分で驚く。
 私が注意するようなことでもない。その通りでは、あるのだろうけれども。注意してみたところで聞き入れられるとも思えないのだけれど。それでも。それでも――私は、その程度の接点さえ、思いやりさえ、失っているのか。

「轟?」
「……今日、校長先生に聞いたんだけど、全寮制になるんだってね」
「、ああ」
「心操くん普通科にいるうちに色々やらなきゃね! 寮ってちょっと憧れだったんだよね、楽しみ」
「……」
「……心操くん?」
「………… ああ」

 なにか、おかしなことを言っただろうか。
 ふと寮になった原因――ヴィラン連合による生徒の誘拐、度重なる不祥事を思い出し、さすがに不謹慎だったかと口を閉じる。だけど彼は、『ああ』と繰り返して、深く息を吐いて……安堵の笑顔を見せた。ああ、まだ、通える。囁くような声に、彼がどんなに『ヒーロー』に執心しているのか、見えた気がする。意図して私も笑い返した。

「……心操くんならどこ行ってもやってける気もするけどね。でも雄英はいいところだもんね」
「? 俺?」
「え、雄英なくならなくてよかったよねって話ではなく?」
「お前だよバカ」
「私?」
「お前が、……轟が、まだ、雄英でよかった」
「…………」

 ――いっそ退学とかするべきかなあ。
 いつだったか彼の前で言った台詞。思えばあれが、喧嘩の決定打になった。この優しい男の子を怒らせたうえで、悲しませたうえで、私の感情は『かわいそうに』に集約されていた。かわいそうに、優しいばかりに。私とかかわったばかりに。たまたま隣の席だったばかりに。そんなに心を削ってしまって。
 そして今、私よりも私の在籍に安堵してくれている。

「心操くん、」

 彼の友情に応えたいと思う。同じくらいの熱量を返したいと思う。気遣っているつもりで突き放していた両手を、今度はきちんと握り返すために、使いたいと思って――私は今、ここにいる。校長先生に話し、アドバイスを求め、力を借りてここにいる。だからまあ、こんなことを言うのは野暮だとわかっている、わかっているんだけど、

「なんで?」
「え」
「……、私は心操くんが優しい人だって知ってるし、その友情をいまさら疑うことはしないけど…… なんでそんなに私のこと気にかけてくれるの?」

 控えめに言って、めんどくせえ女だろう私。
 エンデヴァーの娘とはいえ無個性で扱いもこれじゃメリットは無い、むしろ目立つ分だけデメリット。私自身も特に優秀だとか心優しいとか強いとか癒しとか、そういうのもない。女の子に膝に乗っかられて普通にクラッときちゃうし誘惑にも弱い。言ってないけど未成年飲酒の罪はあるし、正直に言うと前世の名残か煙草が恋しい。死んだ恋に縛られている。あと物理的に面倒が多かったはず。朝の教室にも行かずに図書室で寝こけるとか、雄英レベルの高校では普通にはない。
 怒るかもしれないな、と思った心操くんは怒らない代わりに少し呆れた顔をして、真顔でじっと私を見つめた。髪とよく似た、灰色がかった紫の瞳。なんでかなあ、というのは、独り言だったのだろうか。

「でも、お前、かっこいいんだよなあ」
「……」
「俺が知ってる人間の中で、お前、一番かっこいいんだよ」

 いや、それは嘘だろ。という気持ちが、やっぱり顔に出ていたのか、意地悪そうに笑った心操くんが繰り返す。かっこいいよ、お前は。

「腹立つことも多いけど」
「……ごめん」
「素直じゃん」
「私はいつも、……素直じゃなかったな確かに」
「……ほんとに素直じゃん、なんかあった?」
「いや……」

 何かあった、と言えるのだろうか。何もなかったとはとても言えないけれど、明確にあったと言えるような何かは無い。『三度目』のことだって、おそらく私のベースというか、基本的な人格は変わっていない。お父さんやお兄ちゃん達のおかげで多少強くはなったけれど、ジェノスや先生に会えてよかったけれど、そこで理解はともかく変化があったわけではないと思う。
 心情の変化があるような、なにか?
 ――生きてみようと思っただけだ。

「……私、これまでどっか死んでもいいような気分っていうか、割と投げやりだったんだけど」

 手の中の缶を握りしめる。上半身を伏せていた心操くんが背中を伸ばして、ベンチに寄り掛かる。半径一メートル程度にしか聞こえない音量。監視の目があったとしても、この開けた中庭では盗み聞きも難しいだろう。別に隠す必要のある話ではないけれど、缶をそっと口元に寄せた。

「今回……こういうことがあって、思ったよりたくさんの人が気にかけてくれてて」

 まあ実家はあれだったし気にかけてくれたのはヴィランが大半ではあったけれども。
 結局私はどうしてヴィラン連合に誘拐されたんだろうって、……死柄木さんのお姫様云々はともかく……あれはもしかして心配してくれた結果なんじゃないだろうかと、少し思っている。ペット扱いは、彼らなりの、彼なりの、庇護だったんじゃないだろうかと。

「初めて自覚できたこととか、そのおかげで思い出せたこともあって」

 そして、そのヴィランのおかげで蘇った記憶。殺した恋が、それでも死にきれずに繋いだ魂だ。絶対にかなわない場所に生まれるのに、それでも置いてこられなかった記憶。
 私が先生を好きだった証。

「……生きてみようと思って」

 受け入れようと思った、許そうと思った、自分の弱さを。それから、周囲を。
 轟とそれを取り巻く環境を。
 とりとめもなく喋ったのに、きちんと聞いてくれている心操くんに少し笑う。真面目で優しい、不器用でお人好しで損をしがちな、私の友人。

「こうやって気にしてくれる友達もいるしね」

 ごまかすみたいに片手を取り、それを振って笑って見せる。彼は多少きょとんとしたようだったけれど、すぐに微笑ましいものでも見るみたいな顔をした。
 ……そうやって見破ってる感を出されるとさあ、素直になりにくいので、やめてほしいんですけど。照れ隠しがばれてるより恥ずかしいことあんまりない。素直になりたい時なんだからさあ。詰めてしまいそうな息を、吸って吐く。握った手に、少しだけ力を込める。

「……ずっと、ごめん。そんなつもりなかったんだけど……心操くんを尊重して、大事にしてるつもりだったんだけど。やってることは我儘っつーか、ないがしろにしちゃってたよね」
「……」
「ごめん、見捨てないでくれてありがとう。……出来たらまだ私と友達でいてほしいんだけど、いいかな」

 てのひらを合わせる形で握った手が、ゆるく握り返される。
 体育祭前よりずっと筋肉のついた、なんなら夏休み前よりごつくなった腕と肩。トレーニングを欠かさずにいるのだろう。私は心操くんに体力バカと呼ばれたことがあるけれど、今勝負したらきっと勝てない。

「……うん」

 長い沈黙を経て、それだけ言った。

「うん……」

 遅いとか、ようやく気付いたかとか、俺がどんなに心配したかとか、そもそも聞きたいことも言いたいことも山ほどあるんだよとか色々色々、色々を、今は横に置いてくれたのがわかる。
 一瞬顔を逸らそうとした心操くんが、ぐっと目を閉じて繋いだ手を引き寄せる。おとなしく明け渡した腕があたたかい。

「俺は、ずっと、そのつもりだったよ」
「……そうだね。ありがとう。これからも、よろしくね」

 どう生きられるかはわからないが、轟の隣には彼がいてくれる。それだけで少し、頑張ってみようって気になれるんだ。



「……で、校長先生に呼ばれてたの、寮の話で?」
「それもあるけど進路相談に乗ってもらった感じかなー」
「早くね」
「きみらに比べたら超遅いでしょ」

 雄英の生徒はどいつもこいつも決断が速い、というか、将来が不確定な学生はそもそも雄英に入っていない可能性が高い。ヒーロー科とサポート科は特にそれが顕著だ。いずれはヒーローに、研究者に、アイテム開発に。経営科だって事務所運営やもっと直球に関連する官庁を目指す生徒、普通科はやっぱりヒーロー科への移籍を狙う生徒が多い。つまりヒーロー候補。将来が不透明なのなんて私くらいだ。

「でも校長先生が進路相談ってなんか豪華だな」
「でしょ。まともに話したの初めてだけど校長先生いい人だね」
(轟にいい人認定されるのか……曲者なんだろな……)
「なんか言った?」
「言ってはいない」

 引き続き木陰でジュースをちびちび飲みながら話をする。

「私は――多分、訳あり物件だからさ」

 何をかぎ取ったのか、心操くんがこちらを向いたのがわかった。けれど特に視線は合わせず、言葉を続ける。

「考えようによっちゃ足枷だけど、便利な道具や武器でもあるから使うといいって言ってくれたよ」
「……」

 未来のヒーローとしてはどう思う発言なのかはわからないが、私としては腑に落ちた。
 利用されてるばっかりじゃだめだ。逆手にとって利用できるくらいでいなきゃいけない。したたかで、図太く強く、逞しくあれ。

「欲しいものを手に入れるために」
「……欲しいものって?」
「とりあえず、そこそこでいいから偉くなりたいかな」
「なんで」
「…… 私、しばらくヴィラン連合に攫われてたんだけど」
「……ああ」
「その場で助けてくれた人も、結構いたんだよね」

 そもそもそれほど悲惨な目には遭っていないわけだが。あれなら、むしろ幼少期の誘拐犯のほうが酷かった。

「あと――私、ちょっと知りすぎたっていうか、関わりすぎたのかなって思うよ。あんまりあの人達を憎めない」
「……轟」

 窘める声色をしている。わかってるよ、と言うつもりで、浅く頷く。

「……ヒーローとヴィランでガチめの戦争があるとして、ヒーローが勝ったら当然ヴィランが捕まるわけでしょう。その時に、情状酌量を訴えられる程度にはなっておきたいっていうか」
「……轟」
「ヴィラン側が勝ったとしても『こいつのことは殺さないほうが得、多少の望みは聞いてやろう』程度になっておきたい」
「……」

 戸惑った気配がする。何か言おうとして、飲み込んだのがわかる。
 そうだよなあ、きみが正しい。心操くんが正しいんだ、そんなことはわかってる。だけど世の中、白と黒だけで成り立っているわけではないのだ。ならば私にも生きる道はあるはずだ。

「……いざって時に、守りたいものを守れるだけの権力が欲しい」

 心操くんにここまで話してしまっていいのだろうか、と思わなくもないけれど――仕方がない。私は腹を括った、心操くんとマジで友達をやるって決めたんだ。もちろん私の一方的な覚悟であって、心操くんがそれに付き合う義理などは無いのだけれど。

「……お前、こんなとこでそんなこと言っていいわけ……」
「どうせ疑われてんだし、年頃の女の子なのでこの程度のストックホルムはむしろ自然。心操くんこそ」

 意図的に言葉を切って、視線を合わせた。

「心操くんこそ、こんな危険思想の持ち主と友達続けてられるわけ」

 笑ってやる。
 試しているのか、煽っているのか、自分でもよくわからないけど計算づくではある。私の友達は優しくて面倒見のいい男前だ。こんなに本音を晒した相手を、無下にできる神経の持ち主ではない。

「……続けてられるし、続けるよ」

 ありがとう、きみも腹を括ってくれ。かんぱい、のつもりで缶を差し出すと、同じように中途半端な量の残った缶が言葉もなくぶつけられた。一蓮托生、よろしくね。

「誘導尋問は気に入らないけど」
「ごめんて。心操くんも試していいよ」
「今更お前の何を試せっての、……轟さあ、サイドキックの道はないわけ?」
「サイドキック?」

 意外なところが来た。コネはあるだろ、と囁かれ、使えないコネしか無いよと答える。いくら娘とはいえ、ていうか娘だからこそ、エンデヴァーさんが私を事務所に受け入れるとは思えない。彼からすれば身内の恥だ。

「事務系とか、広報とか、戦闘だけが仕事じゃないだろサイドキックって。他のヒーロー事務所との繋がりもあるし、当然官庁とか警察とか学校相手でも窓口になる。繋がりは作れる」
「あー…… なるほど……考えてみる」

 言われてみれば確かにそうだな、……サイドキックかあ。エンデヴァー事務所は無理にしても他……? 確かにヒーローよりはサイドキックの方が大きなところに潜り込みやすいし、後進を育てる主義のヒーローもいるけれど、せっかく育てた社員に独立されるのは痛いって事務所もある。そっちで少し考えてみようか。何が必要かな……秘書検……?

「あと、これは提案なんだけど」
「うん?」

 思わぬ話を考え込んでいると、缶を空けたらしい心操くんがそれを置いた。コツ、というアルミ缶の音と同じくらいの軽さで、続きが紡がれる。

「心操になる気ない?」
「…………なんて?」
「最短で高校卒業後なんだけど、俺が十八になったら」

 違うそうじゃない。年齢を出されたっていうことは合ってるのか。いや待てそういう話じゃないしそういう間柄でもない、きっと何かの勘違い、

「待って、その心操って、」
「俺と結婚しない?」
「なんで?!?!」

 ボリュームを間違えて近くの鳥が逃げて行ったが、仕方ないだろボリュームも間違うだろう! なんで! 急に! そういう話に!
 うるさそうな顔で『そんな驚くなよ』って言うけど、これを驚かずにどうしろと?  冗談なの? どういう心境で生まれた冗談なの? エイプリルフールは終わってんぞ?

「手っ取り早いだろ」
「なにが?!?!」

 マジで何が?!
 冗談にしても本気にしても何がどうしてそうなった。説明してよ、と言った声は我ながら絞り出すようなもので、心操くんは何故だか言葉に詰まったようだった。先程の台詞よりずっと言いづらそうに、時間をかけて、慎重に表現を選んでいる様子が見て取れる。

「――別に、特に、断言できるわけじゃ……何があったとか、何か見たとかではないんだけど」
「……なに?」
「轟のこと、『轟さん』にしとくの、やなんだよ。俺が、嫌なんだ」
「……」

 その言葉に。私が暴れたという日が、ちかちかと瞬くように見えた気がした。
 叩くような音――透明な板越しの心操くん。叩く音と、名前を呼ぶ声。その隣に、焦凍の姿があったことを唐突に思い出す。
 たぶんお姉ちゃんもいてくれただろう。エンデヴァーさんも。

 ――お前の家族もいたんだけど、記憶、あるか。
 探るような視線。

「…………」

 何もわからない、けど、なんとなく予想がつく。
 いろいろ察してしまったんだろう。エンデヴァーさんはファンサービスってものに最も遠いヒーローで、たぶん性格由来なのだろう、嘘やごまかしも使わない。息子のお友達にお前との戦闘はテストだとか言っちゃうくらいに。娘の、仮にも娘の、お友達に、どんな態度だったのか想像に難くない。そして不祥事の末に目覚めた『不良品』への態度がどうだったのかも。
 にしても。
 にしてもだ。

「…………」
「ため息がでかい」
「……気持ちだけ有難く受け取っておくね……」
「断るってこと?」
「百パーセントの善意にこんなこと言いたくないんだけどさ、バカでしょ」
「なんでだよ教科によってはお前より成績いいよ」
「そういう問題じゃねえよ。善意でプロポーズなんかすんなバカ」
「悪意でするもんじゃないだろ」
「そうだけどそうじゃねえんだよお!!」

 私まだ恋愛結婚諦めてないから、と付け加えて言ってから、(そうか?)と自分で思ったものの口には出さない。いや、でも、あまりにも白々しかっただろうか。そもそも恋愛できるのかな私。結婚と恋愛をイコールで結んでいるのが間違いだったりする? 世の中には友達夫婦というものもあるし、性的接触を持たないご夫婦もいらっしゃる。恋愛感情ではなく生活上のパートナーって選択肢も、そりゃあるだろう。あるだろうけど。

(もしかして私の考え方が古い? いやしかし……だがしかし……)
「まあ、今すぐって話でもないし考えといて」
「……わかった、心操くんもよく考えておいて」
「俺のは考えたうえでの提案だよ」
「別角度から考えといて! そろそろ病室戻るわ!」

 缶をぐいと煽って中身を終わらせ、ベンチを立つ。そうした私がよっぽど面白い顔をしているのか、心操くんは珍しいくらい穏やかに笑った。
 人の気も知らないで! と叫びたくなったけれど、それは事実上の敗北宣言な気がして耐える。いい人なのはいいけどもうちょっと考えてよ! 色々考えてよ! 轟でいさせたくないから結婚しようってなんだよ! バカ!! バーカ!!

 ……そういえばプロポーズなんてされたの初めてだな、と思ったのは、病室で枕に八つ当たりをしてからだった。



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2020.04.22