咄嗟にぶん投げようとした両手が、素晴らしい反射神経と腕力で抑えつけられた。
 ――いや、待て、ちょっと、……好きだっつった? 好きだって聞こえたな? 隙? 鍬? 文脈がおかしいな? ……好き?
 好きだって言った? と、聞く勇気は、さすがにない。姉的な意味ね? と思うものの、姉に対して『俺のもんになってくれ』はアリか? ……実は違った? 血の繋がらない姉とかそういう少女漫画パターン ――なわけねえだろ赤ん坊のころからの記憶がありますけど間違いなく双子です! 実の姉弟です!!
 信じてもらえないと思いますけど関係性のぎこちない双子の弟と話し合ってちょっと光が見えて和解に近いことができるんじゃないかなって思った瞬間に告白されました、意味がわからないよ。……焦凍、わりと天然なところあるっぽいからなあ……独占欲やら家族や姉への執着やらを拗らせた結果の『(意味はよくわかんねえけど)好き!!』(なおその『好き』は蕎麦と並ぶ)的なやつなのでは? さすがにそれは馬鹿にしすぎか? だって焦凍が実際どれくらい馬鹿なのか判断がつかないんですよ私……。何度も申し上げるようですけど、ここ十年はまともに喋ってもいない弟なんですよ……。気にかけてはいたけれども。
 誰に向けてなのか言い訳のようなことをぐるぐる考えつつ、未だ両手を放さない焦凍に視線を向ける。無駄にキリっとした顔が、間違えようもない本気を示している。
 勘違いかどうかはともかく、この状態で茶化したり逃げたり放置したりするのがまずいことだけはわかる。

 好きだ。
 俺のもんになってくれ。

「…… どうしてそうなった、の?」

 いったい何をどう血迷ったら私と焦凍の間柄でそんな台詞が出てくるのか。というのを、最大限にぼかして、やわらかく問う。
 焦凍は何故だか目をぱちりとさせて、淡く笑って、考え込むように互いの両手に視線を落とした。ぐにぐに、揉むように両手を弄ばれる。遊んでいるくせに振り払えない力だけは込められている。

「ずっと―― お前は、俺のものだと思ってた」
「……それは……思い違いだな……?」
「わかってる」
(わかってるんだ……)
「わかってるけど、俺の双子の片割れで、姉ちゃんで、家族で、一番近い相手で、色んなもん半分こにした相手で、友達だったり、他人だったり、……そういう、全部で、いてほしいんだ」

 家族、姉、妹、母、娘、友人、親友、恋人、半身。名付けられる関係性すべて。
 比翼連理っていうんだろ、と小さく呟いた焦凍に、それは夫婦の話だと突っ込みたくなったのをひとまず黙る。目と翼を片方ずつしか持たず、ぴったりと一体になることで羽ばたく空想上の鳥の話。その物語になぞらえて、比翼墓という弔い方さえ存在する。死してなお一緒にいるための葬儀の形を生むほどの単語だ。愛の告白にしても若干重い。

「お前を俺のもんだって思ってたのは、そうであってほしいってだけだ」
(とりあえず『実際は違う』ということは理解している、と……そこまではわかった……)

 だいぶキャパオーバーだけどそこまではギリギリ理解した、おそらく多分。きっと。だといい。

「お前を俺のもんだって、みんなに言いたかった。緑谷とか心操に腹立ったのも、多分そういうことで」
「……うん、うん……? 言ってないよね?」
「言ってねえ。言えなかった」
「ならいい…… いや良くはないな、でもまあ、うん、」

 脳味噌が理解を拒否し始めている。

「……こんなこと考えちゃいけねえって思った。で、俺は俺で、いくら双子ったって同じもんなんかじゃなくて、どんなに言い聞かせても――」

 声が切実さを増してきてるの止めてほしい。逸らしていた目を向けると、やたら強い眼差しに射抜かれて再び目を逸らすしかできない。。耳元に唇が寄せられ、肩が跳ねたが捕まっている両手首はびくともしないで固められている。

「受け入れたくて、理解できてるふりしても、やっぱり、だめで、――心操と付き合ってないって聞いて……ほんとによかった……」
(誰かに聞かれたら毎回否定してたけど曖昧に流しときゃ良かった……こんな展開になるなんて思わないじゃん……?)

 心操くんと付き合ってるって勘違いされた方がいくらかマシ、かと思ったけどそれはそれで心操くんに迷惑かかるな。それもちょっと嫌だな。例の話をその場でありがとうって受け入れておけばよかったんだろうか、それこそ無いわ、――ん?

「……心操くん? と、付き合ってないって、誰に聞いたの」
「心操に」
「いつ?」
「お前が意識戻らないで入院中に。お前の……お前らのせいなのかって、言われた。が『そう』なのは」
「…………」

 入院中に。
 ――お姉ちゃんが、私が幼少期に受けた被害の一部を知ったのは、私がいなくなってから――機会があったとすれば警察からだろう。通報履歴があるし、家政婦さんやその旦那さんに面倒をかけたこともある。今回ヴィラン連合関連で、当然ながら警察も来ただろう。娘さん以前にも問題ありましたよねーみたいな話は出ても不自然じゃない。お姉ちゃん、だけが、知っているってことは無いだろう。少なくともエンデヴァーさんはご存じのはず。もしかしたら焦凍も。夏兄も。……何かのタイミングで、心操くんが知っても不自然はない。
 四歳くらいから誘拐されつつそれを把握していない家族、今回のヴィラン連合巻き込まれ事件、そして夏休み前になって急に距離を詰めていた双子の弟の妙な勘違い。基本的に聡い子だ、妙な歪みを感じたことだろう。危機感を覚えたことだろう。実際以上に闇を感じたかもしれない。彼は世話焼きな性質で、それ以上に私と本気の友達をしようとしてくれている。ヒーローを目指すほど正義感の強い子に、覚悟と、事情が積み重なった。

 ――お前のこと、『轟さん』にしとくの、やなんだよ。

(……本気の同情じゃん…………)

 いや、わかってましたけど。別に己惚れてはいませんけど、……ちょっと意地張った、ちょっとそういう気持ちもあるんじゃないかなと思ったりしていた。……私の自意識過剰はどうでもいいんだよ! 心操くんやっぱバカじゃないの! お人よしにも程があるバカじゃないの!
 別に告白してもいないのに振られたような気分になっている私だって何なんだ。いや、わかってたのは本当だけどさあ……別に同情がすべてではないだろうし、さすがにそこまでのお人よしではないだろうし、いくらかは私を憎からず思ってくれているのでしょうよ。そこは信じてるよ。でもこのシチュエーションがなければプロポーズとか無かったよね? ていうかやっぱり恋愛成分が存在しないな? 照れて損した!! 別に! わかってましたけど!!

「答えられなくて、腹立って、――それを考えてるうちに、お前のことを俺のもんだと思ってるんだって気付いた」
(とんだ地雷だ)

 とりあえず心操くんのことは後にしよう。今目の前で精一杯に説明をしようとしている焦凍の声を聞こう、……逃げたいけど。聞きたくないけど。布団にくるまって寝たいけど――あっ布団もないんだったわ、布団くらいは持ってくればよかった……。

「俺のもんだと思ってるけど、実際はそうじゃないって知ってるんだ。だから」

 ずっと取られている両手が、違う形に組み直される。するりと一瞬の、手を引っ込めるのさえ間に合わない動きで掴まれる。祈る形で握りしめ、包むように顔に寄せる焦凍に、抵抗できない。

「だから、俺のもんになってくれ、

 俺のものだと思っている。でも実際に違うことは知っている。だから名実ともに俺のものになってくれ。
 なるほどオッケー理解した、繋がった。なんでそうなったかは分かった。わかったけど『そうじゃねえだろ』という気持ちが消えない。理解と納得は別物。

「俺の全部でいてくれ。俺をお前の全部にしてくれ。少しずつでいいから。……なんでもいいから話して、知らせて、頼ってくれ。利用してくれるんでもいい」
「ちょっと黙ろうか焦凍……」
「だめだ。これ言わなきゃダメなんだ。いつ言えなくなるかわかんねえんだ、今のうちに許可を貰っとかねえと」

 ちょっと前にも『一秒でも早く』とか言ってたけど、何が焦凍をそんなに追い立てているのだろう。なんか危険な仕事でも入っているのだろうか、仮免も取っていない学生に? なにをそんなに生き急いでいるんだ。

、好きだ。俺のもんになってくれ」

 脳が理解を拒否している。
 長い長い沈黙が下りた。
 たぶん私は死んだような目をしていると思うが、話している内にヒートアップしたと思わしき焦凍の両目はきらきらしている。ずいぶん表情豊かになりましたね、お姉ちゃん喜ばしいです。という感想で全てを終わりにしたいがそうもできない。

「…………」

 分解して、ひとつずつ。校長先生の言葉を思い出す。そうだ、ひとつずつだ。
 父に似た目と母に似た目。私はきっと愛せない両親の痕跡を残した焦凍は、だけど愛すべき私の弟だ。その個性が両親のものではなくて焦凍のものであるように。父母のことを考えず、焦凍のことだけ考えて、答えを出さなくちゃいけない。

「……念のため、聞きたいんだけど」
「ん?」

 ふわっと背景に花を咲かせて首を傾げる、おいやめろ背後の花しまえ。点描もしまえ。
 聞きたいんだけど、なんて言ったくせに質問内容を絞れていない。それは性愛的な意味で? というのは文字面がいかがわしいな、恋愛的な意味で? か。本能が『藪をつつくな』と叫んでいる気がするけれど、こればっかりは確認しないといけない。この期に及んで『家族的な意味で!』とか思っているわけではない、が、万に一つでも可能性があるのだったら諦めるべきではないって何かの漫画で読んだ…… すべてが私の勘違いで自意識過剰という可能性は痛いし苦しいがガチよりはずっといいはずだ、勇気を出せ私。

「それは……家族的な意味だよね?」

 日和った。これは日和った。
 大丈夫、意味は通じる。

「ぜんぶ」

 全部とは。
 いや嘘です聞きたくない。

「男として、家族として、お前のことが好きだ」

 聞きたくねえっつってんだろ……言ってなかった……。

「たぶん世の中にある全部の意味で、お前のことが好きだ。……けど、そこまで全部、応えてもらおうとは思ってない」
「……あ、そう?」

 ならまあ、いい、のか?
 希望を見出した気分で顔を上げる。一方通行でいいというなら、私がそれにガタガタ言う筋合いは無いんじゃないんだろうか。ついでに把握の責任もない。いや例え恋人同士であったとしても把握の責任なんかないけど。

「ただ、俺のもんになってくれ」
「そこ譲らないのかよ……」

 今度は思わず声に出た。頭痛い。こいつ確かにあの男の息子である。あのご夫婦のなれそめ全然知らんけどこんな感じだったのかな…… 絶対やだな……。
 そもそも焦凍の言う『俺のもん』がどういうことだか確認すべきだろうか。言ってるだけでいいなら、……いや駄目だ、こいつ絶対に悪気なくポロっとこぼすタイプだ。緑谷くんと雑談でもして『あいつ俺のもんだから』とか言われてみろ、『も了承済みだ』とか言われてみろ、それが人前だったりしてみろ。炎上必須待ったなし。ついでにエンデヴァーさんにより今度こそ生命の危機。運よく免れたとしても社会的に死。私だけじゃなく焦凍も危うい。既に十分目立っているヒーローの卵だぞ、よりにもよってこんなスキャンダルを最初にぶち込まなくてもいいだろう。

「……ふ」

 笑う気配がして、顔を上げる。
 いとおしいものを見るような表情が向けられていて、どっと心臓が鳴った。切なさのようなものに胸を引き絞られる。嬉しいような、悲しいような、泣きたいような衝動。

「いっしょうけんめい考えてくれてんの、わかる」
「……」
「そういうとこも好きだ。たぶん俺は今、すげえ変で突拍子もなくて図々しいことを言ってる。何をいまさらって、俺も思うし、お前が思わないはずないのに。それでも真剣に考えて、理解しようとしてくれてる。考えないで断るんでも、とりあえず頷いといて利用するんでもいいのに――俺のこと、考えてくれてる」
「……」
「好きだ、。ずっと、お前のことだけが好きだ」
「…………」

 その、あどけないまでの好意に。考え込んでいた自分がばかみたいな気がして、大きな溜息を吐くと、一緒に全身の力も抜けてしまった。
 もういいや、保留だ保留。今度そのうち考えます。焦凍だって一日二日で培った思い違いじゃないんでしょ、私にだって同じだけの時間をかける権利はあるはずです。ていうか告白だったとして返事は別に義務じゃねえ。

「……焦凍さあ、私の存在、周囲に隠してたんじゃなかったの?」
「? 俺が? を? ……隠したことはねえけど……そうだな、隠しとけばよかった。お前、いろんな奴に気にされてるから」
「そういう意味じゃねえよ……」

 私だって、確認しないで思い込んでいたことが沢山あった。多分まだある。思い出してもいないような、意識してもいないような思い込みが、たくさんある。それらを少しずつ解消し合って、それから出る答えを待ってみたっていいだろう。

「……わかった、信じるよ。……、 ありがとう」

 その言葉を口にするには、だいぶ抵抗があったけれど。強くて大きくて、たぶん大事な感情を向けられているのだから、その言葉が相応しい。
 焦凍は少しの沈黙の末に頷いて、恋人にそうするように指を絡めた。持ち上げられた手の甲に冷たい頬が触れて、すり、と感触を確かめるように滑る。脱力してしまって好きなようにやらせていると、伏せていた瞼が開いてこちらに向けられた。あの、やたらと強い眼差しで。

「キスしていいか」
「……………」

 今までで一番強く腕を引いたが、びくともしない。それをどうしてか嬉しそうに眺める。笑うな畜生。

「手の甲に」
「……どうぞ……」

 もう、手の甲くらい好きにしろ。少なくとも、ここで一刀両断しない程度には、ほだされているのだ。
 正直なところ自分でも、受容なんだか諦念なんだか判断がついていないけれども。布団にくるまって寝たい、と何度めかわからない欲求を覚えたが、やっぱり布団の一枚もなく――ついでに陽射しは傾きかけていた。



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2020.05.11