マシュマロテスト、という実験がある。
 幼い子にマシュマロをひとつ与える。『先生が戻ってくるまで食べるのを我慢できたら、マシュマロをもうひとつあげる』。そうして約十五分間、子供はマシュマロを食べずに我慢できるか――という内容だ。結果としては我慢できる子と我慢できない子には、その行動に明確な差があった。我慢できる子はマシュマロを見なかったり別のことを始めたりして気を逸らしたのに対し、我慢できず食べてしまった子は見てるだけ、匂いを嗅ぐだけ、ちょっと唇で噛んでみるだけ、等とマシュマロを意識し続けたという。
 この実験から学べるものの一つとして、意志の強さと思い込まれているものはコツの部分も多い、ということがある。
 マシュマロを我慢したいのならマシュマロの存在を忘れてしまえばいい。
 テスト勉強をしたいのならテスト勉強以外のことをできない場所に行くといい。
 よって、カフェで仕事や勉強っていうのはけっこう理にかなった話である――というような内容の本を、読んだことがある。マシュマロを見つめ続けた子供はその時間中ずっとマシュマロに誘惑され続けていて、マシュマロを視界に入れなかった子供はその間誘惑されずに済んだ。ひとはいつか、誘惑に負ける。それは意志の強さとか我慢強さとかいうものではなくて、単純に確率の問題だ。一回は断った誘いを、三回目は受けることがある。通り過ぎればちょっといいなで済んでいた程度の商品を、毎日通りがかって眺めるほどに欲しくなって買うことがある。三顧の礼、百夜通いの言葉があるように? いや、どっちかっていうと雨垂れ石を穿つ。

(なんでこんなことを考えてるんだ)

 って。
 唇に触れたものが、それこそマシュマロのごとき柔らかさだったからだ。

「……」
「……」

 触れるだけ――というより、押し付けるだけ。
 ちょっと唇で噛んでみるだけ。そういう言い訳でマシュマロを食んだ子供が感じたものよりきっとささやかだ。だけど長く、長く、唇の奥にある歯が少し震えたのがわかるくらい、離れた直後の空気を冷たく感じるほど、長い接触。

「……なに、か」

 声が少し掠れている。薄明かりの室内で、みずみずしい瞳がまっすぐに向けられているのがわかる。左右で色の違う両目。

「……なにか、言わないのか」
「……」

 喉乾いたな。ちら、とテーブルの上を見ると視線を追って同じ方向を見た焦凍が、たぶん必要以上の意味を探して、見つけられなくて、私に視線を戻す。ソファで寝ていた私に圧し掛かるようにして身体を寄せている弟からは、しんと冷えて凍りつく、霜が降りる直前のような冬の外気のにおいがした。

 高校を卒業と同時に双子の弟と暮らし始めて、大体五年になる。
 一度はヴィラン疑惑のかかった身としてはやめておいた方がいいんじゃないかと思ったが、姉や事務所をはじめあらゆる人や場所から後押しがあった。轟家からすればやや問題児の私も焦凍と一緒なら無茶をしないだろう、ついでにプロヒーロー入りを果たした焦凍に見張らせる目的もあったのかもしれない。焦凍の事務所からはというと、訳ありな双子の姉と住むなんてむしろ美談。健全。スキャンダルを起こされるより余程外聞がよろしい、という広報担当のにこにこ顔を見て色々な言葉を飲み込んだ。知らない方がいいことというのは世の中に山ほどある。その訳ありな姉をガチで口説く弟の存在とか。知らない方がいいことだし、知られない方がいいことだ。
 とはいえ結局のところ、決断したのは私だ。焦凍が毎日のように物件情報を送ってきてはプレゼンしていったり、いつのまにか先生方や事務所に話が通っていたり、そのわりに『俺が一緒にいたいって頼んでるだけなんです』と根回しをされていたり、緑谷くんや心操くんにはそういうものとして話がされていたり、まあ、もう、それはそれで影響が大きかったけれど、それでも確かに決めたのは私なのだ。ほだされたんだろうと言われると、あまり強くは否定できないのだけれど。
 一緒に住み始めはしたものの、生活は大きくは変わらなかった。というか私達は早い時期から大人の庇護下にいなかったので、ほぼ実家での生活の延長だ。お互い学生生活と社会生活があったので、そして特にすり合わせる必要も無かったので、一人暮らしが二人いる、というような状況で過ごしている。個人的には悪くない。気楽だし穏やかだ。互いの沈黙に苦手意識もなくなった、と思う。
 焦凍と二人での生活には、それほどの支障がない。
 毎日、毎日、隙あらば――なくても、かもしれない――触っていいかと、尋ねられることも含めて。

「…………」

 触っていいか。
 手、繋ぎたい。
 律儀なほど繰り返されるお伺いに、イエスもノーも返したことがある。うんざりすることが無いわけではないけれど、そこはおそらく私が悪い。怯えさせているのは私の態度や過去の行動なのだろうから、同じ数だけ答える必要があるし、伝える必要がある。別にそんな怯えなくていいよ。一緒に住んでんだろう私達。姉弟だろう。家族だろう。今生に限っては『家族』の枠にどれほどの意味があるのかはわからないが。
 そういう過程で焦凍からの接触を受け入れたり断ったりしてきたわけだが、キスは許したことがない。ついさっきまで。



 ひそやかに声がする。二人で借りた部屋、ふたりきりで過ごす家。隠す相手がいるわけでもないのに、夜の底を這わせるように名前を呼ぶ。
 焦凍、と、呼び返した声も、霧散しそうな儚さだった。間近に迫ったままの顔が、わずかに息苦しそうに歪む。片手を、指を絡めるようにして取られていた。

「――もういっかい、していいか」
「いいよ」

 間髪入れずに唇が触れる。必死そうな顔が近付きすぎて見えなくなる。意外なほどあたたかいマシュマロのような感触が、強く押し付けられて、少し引いて、離れずに繰り返される。少し角度を変えて押し開きそうになった唇が、ぐ、と瞬時に引き結ばれる。

(気持ちは、わかるような、わからないような)

 最初にキスしたいと言われたのは高校一年の時だった。
 それから二年、三年、卒業して一緒に暮らし始めてからは平均して一日一回は聞かれていると思う。だいたい三千回としよう。三千回のお伺いと、三千回のノー。その果てに、たかだか二回の『いいよ』は、すぐには信じられないような気がする。私だったら嘘かと疑うかもしれない。夢だと思うかもしれない。聞き間違いと思うかもしれない。焦凍はたぶん、今も多少は混乱しているのだろう、けれど。

「……、っ、」
「、?」
「っふ……っく、ふ、ふふ」

 異変を感じ取ってぱっと離れた顔が、困惑に歪むのがわかる。けど、それもちょっと面白い。お前さあ、そんな明らかに戸惑ってるくせにさあ。いいよ、からの接触がめちゃくちゃ早いの何なの。

?」
「ちょっとは躊躇えよお前……っくく」
「き、が変わったら、困る」
「あっは!」

 なんだそれ! 繊細なんだか図太いんだか! ウケてしまっている私に、置き去りにされた顔をしていた焦凍がじわじわ笑む。少し、泣きそうに笑う。安堵と紙一重の切なさが、繋いだままの手から伝わってくる気がする。てのひらを触れ合わせる形で繋がっているそこに視線を落とすと、抵抗するようにぎゅっと握られた。べつに放せとは言っていない。

(ばかだな)
「……ばかじゃない」
「口に出したっけ今」
「言われなくてもわかる、……何度も聞いた」

 そう、だったっけ、と言葉になりきらないうちに『そうだな』と思う。多分、何度も言った。何度も何度も、そう感じているのだ。ばかだな、そんなふうに傷付いたりして。ばかだな、早いところ止めちゃえばいいのに。諦めればいいのに、よりによって私を欲しがることないだろうに。間違えようもない血縁、双子の姉。だけでなく無個性。ヴィラン疑惑をかけられた経験あり。これは言っていないけれど、忘れたくない人がいる。……おそらくそう鈍い方でもないだろうから、薄々察していることもあるだろう。もしかしたら実際以上に想像力を膨らませていることもあるかもしれない。そのうえで、焦凍は、手を離そうとしない。三千回、キスを強請った。三千一回目と二回目の『いいよ』を逃さず捕まえた。

「っふ」
「なんでまた笑ってんだ」
「遠慮がないっていうかちゃっかりしてるっていうか、ふ、そういうとこ、素質なのかもねえ」

 機を逃さない、のはいいことだ。
 握られている手に力を込めて握り返してみる。途端、びくっと怯えるような震え方をしたけれど、手を離すことはなくこわごわと力を込め返してきた。お伺いを立てるようにして。距離を測るようにして。

「なん で、許して、くれたんだ」
「……んー」

 押しが強い癖に自信がないというか己惚れが足りないというか、もしかして私が信用ないだけなんだろうか。気まぐれで唇を許す女だと思われてるんだろうか、――いや、そういえば昔トガちゃんとキスし……てない。ギリギリしてない。あれはほっぺちゅー。理性が勝った瞬間だった。けどあれも誘惑が続いたら多分してたな。わりと気まぐれで唇を許す女かもしれない。よし、ここについては考えるのをやめよう。
 ぐにぐに焦凍の手を揉むように弄りながら、どう答えていいものか迷う。意地とか照れとか、今更になって躊躇とか、のつもりではないのだけれど、……どんな言葉を当てはめれば、この気持ちを伝えられるのだろうか。
 視線で促し、退いてもらってソファに横たわっていた身体を起こす。焦凍はその間も繋いだ手を離そうとはせず、隣に座ればいいのにまるで跪くようにソファの前で膝をついた。その背中で追いやられたローテーブルには、遅めの夕食が乗ったままだ。年末年始も無いような――むしろ普段より忙しい――焦凍は今日も帰ってこないだろうと、一人だらだらおつまみとお酒と映画を楽しんでいたのだ。そのうちに眠ってしまって、そのタイミングで焦凍が帰ってきたようだが。部屋でやればよかったな、とぼんやり思っていると、繋いでいた手が器用にかたちを変えられる。冷たい指先がてのひらに添えられて、その姿勢の優雅さとは裏腹に親指がぐっと手の甲を抑えている。逃げられない。逃げる気でもないけれど。

「……だいたい三千回の誘惑」
「……?」

 マシュマロテスト。あれは単純に回数の問題だ、とする見方もある。
 ただまあ、マシュマロテストはマシュマロが大好きな子供達だから意味があるのであって。場合によってクッキーだったりチョコレートだったりするらしいけど。その対象を嫌悪していたり、そもそも食物として認識していなければ、その誘惑は意味を成さないのであって。

「……」

 嫌じゃなかったからだよ――という回答は、たぶん卑怯だ。
 少し、息を吸って吐く。意外なほど冷えた空気が肺を満たす。随分寒い部屋で眠ってしまっていたらしい。気付いた時には焦凍に乗られていたからわからなかったけれど。きっと、あったかくなってたから、わからなかったけれど。

「焦凍は、聞くの、やめないね」
「……?」
「『触っていいか』『キスしていいか』『一緒にいていいか』」
「……それは……だって、聞かなきゃだめだろ」
「そういうとこは偉いし立派だとは思うけど、そうじゃなくてさ」

 いいわけねえだろ。だめです。却下。断る。だめ。約三千回の拒否は、ほとんど反射でしてしまえるほど繰り返した拒否は、いつか聞かれなくなるだろうと思っての拒絶だった。
 そのうち他に好きな子でもできるでしょ。そのうち同居も解消できるだろう。いつか私がもうちょっと信頼されたら。もしくは切り捨てられたら。あれで期待の新人なわけだし、男の子だって女の子だって幾らでもいるんだから。好いて好かれることが、何度だってあるでしょう。今はもう正真正銘ヒーローに比べ、私はヴィランにさえ成れない無個性だ。血縁だ。双子の姉だ。駄目な理由はいくらでもある。成り立たない根拠は幾らでもある。
 それでも、三千回。触りたい、傍にいたい、抱き締めたい、キスをしたい。毎日、毎回、望んで願いを差し出し続けた。

「聞くの、嫌になったりしなかったの」
「……無理やりはだめだろ」
「そうだけどそうじゃなくて。……もう諦めようとか、そもそも本気で言ってないとか、たとえ許されてもやっぱりダメだとか、思ったこと無いの?」
「……」

 私とちっとも似ていない両目が、父と母にそれぞれ似た色彩が、まるく見開かれて少し揺らぐ。淡い唇が反射のように開かれて、閉じる。
 届かないことを願い続けるのは、哀しいことだ。寂しくて悔しくて、つらいことだ。あんなの大した女じゃないって、正気に戻る機会はいくらだってあっただろう。誰かに誘われたり愛を告白されたり、忘れたいことを忘れさせてくれる人に会ったことだって、きっと何度もあっただろう。何度も、あっただろうに。

「…………、」

 視線を合わせたまま何か口にしようとしていた焦凍が、やがて疲れたように視線を落として私の膝に頭を置く。片手は取られたままだ。焦凍、と名前を呼びきるよりも早く、『おまえの』とくぐもった音で聞こえた。

には、迷惑なんじゃねえかと、思ったことはある」
「……」
「……仲いい男も多いし……トガヒミコに対する執着がすげえし……」
「待ってそこ、それ、えっ、バレてんの? どこまで、ていうか誰までバレてんの?」
「家族って意味でも俺より姉さん達の方が好きそうだし」
「ちょっと話はぐらかさないでよ」
「俺が話してんのにトガヒミコの話に食いつくし」
「ぐう」

 ぐうの音。いや本気で大事なところなんだってば……誰までバレてるかによっては私の計画に支障が……計画もなにも『そこそこ偉くなってスレスレまで公私混同するわ』程度のザル計画なんだけどさ……確かに今ではなくてもいいのかもしれないけど……後でしっかり確認しなければ……。
 気を取り直して、膝に乗ったままの紅白頭を自由な片手で撫でる。両親から譲られた色。兄や姉とよく似た色。傾けた上半身に従い、さら、と自分の髪が顔の横に落ちてきた。薄闇に溶ける、轟家とは似つかない色彩。……寂しかったのかな、と、人生で初めて思った。

「……」

 撫でていた手も、焦凍に取られる。膝に頬をくっつけて寝るような姿勢になった焦凍の顔に寄せられる。『でも、いやだ』。そうつぶやいた声が、手の甲をくすぐった。

「……嫌だ……お前に迷惑でも、困らせても、それでなんかチャンス潰させても、……離したくねえ」

 手首を、明確に固められる。
 痛くは無いものの簡単には抜け出せそうもない。その瞬間ふと、高校時代のある夜を思い出した。焦凍の部屋に泊まった最初の夜。ふたりきりで、お互いの語ったことのない部分を少しずつ言葉にした。お互いの心を、少しだけ交換した。というと穏やかそうに聞こえるけれど、たぶん意地と意地のぶつかり合いだったなと今は思う。そしておそらく、私の意地と覚悟の方がちょっとだけ頑丈だった。

「お前が好きだ」
「……」
「……お前が、のことが、好きで、好きで、……俺が欲しいのは、ほんとうにだけなんだ」
「…………」

 切なる思いを、縋るような音で口にしながら、両手は確実に拘束の捕え方をしている。
 とはいえ私が拒絶すればこの両手は解けるのだろうなと、考えなくてもわかる。信じている。知っている。それだけのことを、私達は繰り返してきた。だいたい三千回?

「……三千日経っても、同じ熱量で告白されるとは、正直思ってなかった」
「……?」

 アラビアンナイトでさえ千夜。意味が解らない様子で見上げてきた焦凍の視界に入るように両手を振ると、若干傷付いた様子で――一瞬、却ってぐっと力が入ったけれど――両手を離してくれる。膝に触れそうな位置に恨みがましげな表情があって、成人男性のくせに愛らしく見えて少し笑う。どうしてか硬直したその頭を、抱え込むように上半身を寄せて抱いた。

「、な、」
「よしよし」
「……、ガキ扱い、すんな」
「かわいいこ扱いだよ」

 身を寄せる。少し冷たい髪に頬を触れる。
 嫌じゃなかったから、なんて回答はたぶん卑怯だ。正確でもない。ほだされたんだろうって言われると、強くは否定できない。これでいいと思ってるのかと聞かれたら、力強くイエスとは言えない。どんなに似てなかろうが私個人に別人の記憶があろうが、私達はどうやったって双子のきょうだいで、強個性と無個性で、だけど。

「焦凍の『好き』を疑ったことなんか無いよ」
「……、」
「信じてなかったことはあるかもしれないけど。でも、うん、私が思いつく程度の諸々のことが解らないとも思ってない。……色々、諸々、考えたうえで、私よりずっと重いリスク背負ったうえで、それでも言ってくれてるんだろうって知ってるよ」

 ハードルは高い。問題は山ほどある。焦凍の意思と同様に私自身の意思もある。尊重して、無理強いはせず、それでも気持ちを差し出し続けた。

「狡いのかもしれないけど」

 私は今でも先生を忘れていない。忘れたくない。だけどあの日から少しずつ、昇華はできているような気がする。あの人に報いたいという気持ちは、きっと死ぬまで持ち続ける。その思いがあれば、この記憶があれば、兄が取り戻し父が与えてくれたこの声があれば。私は生きることを諦めないでいられる。

「だけど私はもう、焦凍がいなくちゃ寂しいよ」
「――、」

 あの夜、逃亡するためだったら両腕を折ったって構わなかった。たとえ死んでもお前らの好きにさせるかよと思った。今は、お互いに譲れる点を模索したい。
 眼中になかったかもしれない、居ても居なくても大して違いが無かった双子の弟は、傷つけたくない相手になった。失いたくない。悲しませたくない。足を引っ張りたくない。これ以上、差し出される気持ちを無下に捨てたくはない。

「……や、まだ予防線張ってんな」
「?」

 焦凍の頭を抱いた腕がぎゅうっと握られる、ちょっと痛いけど好きにさせよう。力加減を気にしてくれるのはありがたいけれど、忘れる瞬間があったっていい。

「焦凍がいつか他の誰かを好きになって、私との同居を解消する日が来るんだろうと思ってたけど」
「そん、」
「言わせてねちょっとね。……そんな日を待ってたりもしたんだけど。もう待ちたくないんだよ。そんな日に来てほしくないんだ」

 緊張する。鼓動がうるさい。胸の高鳴りと呼べるレベルじゃない嫌な音がする。
 それがなんだよ。
 三千回繰り返した焦凍に比べたらなんだって話ですよ。
 腕に食い込む指をそのままにさせて焦凍の頭を抱きしめる。深呼吸をしてみても心臓は落ち着かない。それでもいい。

「私も焦凍を抱きしめたいから、手を離してもらったんだよ」
「……、」

 両腕を外される。おとなしく収まっていた頭が、ゆっくりと上げられて視線が合う。
 父と母を彷彿とさせる色彩と顔立ち。おそらく、その印象から逃れられる日は来ないだろう。私は焦凍を弟として見ない日は来ないだろうし、焦凍も私に姉でなくなってほしいというわけではないと思う。互いの血を意識してしまうのを、きっといつまで経ってもやめられない。それでも、こうして、触れ合うことを選びたいだけだ。


「ん?」
「好きだ」
「…………」

 変わらない言葉と、変わらない熱量。

「――うん」

 やめておけ、と、声がする。私の理性か、世間の声を装った臆病の虫かはわからない。多分そっちが正しいとも思う。
 言わない方がいいよ。
 言わなければまだ戻れるよ、私も焦凍も。
 つらい道を行くことになるよ。足を引っ張ることになるかもしれないよ。悲しい思いをさせることになるかもしれないよ。弟の夢を壊すことになるかもしれないよ。友人を失うことになるかもしれないよ。帰りたい場所に帰れなくなるかもしれないよ。強情で一途でどこか自分の身を顧みることのない弟を、踏みとどまらせることができるのは私だけなのかもしれないんだよ。
 それでも。

「好きだよ、焦凍」

 きっと唇が触れたときから、そう答えると決めていた。

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2020.12.29